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友達といてもスマホなの?

暮らし話

事実、私が毎日の生活で1番頼りにしているもの、それはスマホだと認めよう。

スマホの目覚ましで置き、その瞬間から寝るまでスマホと時間を共有している。夫のとコミュニケーションよりも毎日遥かに長い時間スマホの画面を眺め、操作し、触れ合い度も相当高い。

ハッキリ言って私も完全にスマホに依存していると言っていいだろう。

この状況が怖くもあるから意図的に本を読む時間を作ったりするのだ。本は好きだし、楽しく熱中して読めるが、スマホの方が確実にエンターテイメントとしての中毒性が高く、気が付くと平気で1時間以上スマホを眺めていることができる。

つぎつぎと与えられるニュースやネット記事に加え、メッセージやemailの送受信、いくつものスマホアプリでアレコレやっていれば平気で数時間過ごせてしまう。

だから意図的に本を読んだりして、スマホから離れるようにする時間を作っている。

私にはスマホを持つようになってから、意識的に気をつけていることがある。

友人と会っている時はスマホを見ないようにするということだ。

大事な電話連絡が入る予定があれば、それを友人に伝え電話に出るが、それ以外は友人と会っている間はスマホをバッグやポケットから出さず、目が届かない状態にする。

友人と過ごす時間が楽しく大事だからという理由もあるが、私なりの友人に対する礼儀でもある。

私に会う時間を作ってくれた友人を大事にしたいという気持ちが相手に伝わる様に付き合いたいので、友人と会っている時に私がスマホに気を取られるなんて真逆のメッセージを相手に送りたくはない。

友人と会っている時に絶対にスマホには触らないということではなく、共にひとつのスマホを覗いてお互いに写真を見たり、一緒に地図を見たりするのには使うが、用が済めばスマホはまた片付ける。

私の友人も同じように私と会っている時間は私に集中してくれていることに感謝である。同じようにお互いの時間を大事に思ってくれているからだろう。

しかし最近の若者は友人との付き合い方が違うようだ。

若いと人格の成長が不十分で、考え方がまだ幼く大切なものが見えていないだけだろうかとも思える。

カフェや電車に乗る女子2人組の子を見かけるが、一緒にいるというのにそれぞれが各自のスマホに夢中になっている様子をよく見るのだ。

それほど仲良くない二人だからお互いにスマホに夢中になるのか、二人でただ時間潰しをしているだけなのだろうか?

女子が集合したら「キャッキャ、キャッキャ」と、いくらでも楽しい話が続くもんだと思っていただけに見ているこちらの気持ちのほうが空しくなる。

そのうち彼女たちは仲の良い友達に会うよりもスマホを片手に一人でいることを選び、SNSにアップロードするための映える写真が撮れる集まりにしか行かないなんていう子が出てくるかもしれない。

SNSは人を幸せにしないと色々な研究でも証明されているのにもかかわらず、人のSNSにアップロードされている作りこまれた写真をみて「イイなぁ」と勘違いをおこし、現実の幸せというものを見失いそうである。

若者に限らずだが、私達は全員、スマホのない良き時間を沢山見つけないといけない。

きっと10年以内にはスマホ断ちするための治療なんかも出てくると思う。それとも私が考えすぎなだけで、スマホ依存なんて心配するほど深刻ではないのだろうか。

デジタルネイティブと呼ばれる子供の頃からスマホと一緒に成長している子供が30代になった頃、人々の生活はどのようになっているのか気になる所だ。

私が初めてのスマホを手にしたのは2009年だった。日本でiPhoneが発売され始めたのが2008年でその翌年から私も当時のiPhoneでスマホデビューを果たした。

2010年位に生まれた子たちは恐らく物心がついた頃には両親ともにスマホを使っていただろうから、その子らはまさにデジタルネイティブの子たちだ。

2050年頃には一体どんな世の中になっているのだろうか?

そのころ財源が続いていればの話だが、私は年金受給者となり家族や友人とシニアライフを共に満喫している自分でありたい。

私は人付き合いが間違いなく自分の人生を豊かにしてくれると信じている。

楽しいことは誰かと分かち合えばもっと楽しくなる。可笑しくて可笑しくて腹がよじれるほど笑って、話しが出来ない程笑うなんてことは自分ひとりだけでは絶対に出来ない。

悲しみや怒りだって、人に話を聞いてもらうえば気持ちが落ち着いてくる。

時間を共にし、話しをするだけで自分の暮らしを豊かにしてくれる人付き合いを大事にしていく方がスマホ中心の人生よりも絶対に良いはずだ。

人付き合いは時間を掛けて育てる必要がある。お金では買えないし、お金の有る無しは関係なく友情や信頼は努力次第でいくらでも育てられる。

私たち個人が友人ひとりひとりに対してどんな風に接するかによって、時間はかかるがその中から同じように関係を築こうとしてくれる友人が見つけられるだろう。

いつまでも仲良くしていたいと思う友人に出会えたら、その友人と会っている時間はスマホに気を取られない位の誠意をもって付き合っていけば結構良い友達になれるはずだ。

友人と心に残る時間を沢山過ごし、時間が経っても冷めない人との温かい関係を作り続けて行くことは本当に価値がある。

スマホとの時間よりもこういう人との関係がより豊かで幸せな人生の要素だというあたりまえのことがいつまでもあたりまえであって欲しい。

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