やりがいのある仕事というものを想像してみる。多くの人が表彰されるようなキラキラ輝く花形の仕事を思い描くのではないだろうか?しかし、その花形の仕事というのは、多くの裏方をやってくれる人達に支えられたものであることを忘れてはいけないと思う。
丁寧な裏方仕事は表に出ない
裏方の仕事というのは、物事をスムーズに進ませる為によく考えたうえで地道な作業を繰り返し、適正な時間軸の中で物事を進める。
やり方は何通りもあるから必ずしも唯一の方法を見つける必要はない。時間が許すならばベストなやり方の形を考えて手筈を整える。時間や環境に制限があるなら幾つかの条件によって変わる手筈を上司や周りに報告した上でどのような手筈にするか熟考のうえで決定することになる。
その時のベストな方法を熟考して仕組みを整えるっことが出来れば、後ほど自分も他人も扱いやすいものが出来上がるのだからやらない理由はないと思うのだ。
しかし熟考し、努力を積み重ねてベストな形で最終系まで整えたとしても、他の人にそれがどれ程良いのかが伝わらない事の方が多い。自己満足するしかないということになるだろう。他人に丁寧な裏方仕事を認めて欲しいと思ったら、自分でそのことを伝えて認識してもらう他ないのである。
表彰とは無縁の裏方仕事
残念なことだが、下流の仕事をいくら整えても、上流の人たちにその素晴らしさが伝わることは期待できず、、その功績を表彰されることはないだろう。直属上司はその丁寧な裏方仕事の効果を認識できるから評価してくれるだろうが、そこで留まる場合も多いにある。
直属上司が出来た人で、その功績を他のマネージメントに売り込んでくれない限り、上層部にその功績が認められることはあり得ないのだ。たとえ認められても、その年の自分の仕事の査定が社内で優秀であったと評価され、それがボーナスに響くか、昇進するぐらいが関の山だ。
残念ながら下流の裏方仕事の場合、上流の仕事にダイレクトに明らかな良い影響を与えるものでない限り、社内で表彰されることはあり得ないと思った方がいいだろう。
丁寧な裏方仕事に誇りを持つ
しかし、こんなことで不貞腐れて良い仕事しなくなってしまっては、それこそ負け犬だと思うのだ。たとえ日の当たらない仕事であっても、表彰されることもなかったとしても、つねに自分自身が良い仕事をしたと納得できる仕事をすることには大きな意味がある。
自分で自分を持ち上げてやっていくしくことも必要だとは思う。それよりも、自分がベストなやり方を探し、調整をする丁寧な仕事をやり切れれば、自分の仕事に自信が持てる。そのような状況になれば、仕事自体を楽しめるようになるだろう。
丁寧な仕事で、何かを成し遂げたことに喜びを見つけること自体を喜べば、スキルアップもできるし、おおやけに多くの人に認めてもらうことが無くても問題を感じないのではないだろうか。
スキルがあれば昇進できる
私は以前働いていた会社で昇進したが、私は自ら「私はとても良い働きをしているはずだから昇進させくれ。」と上司に訴えて実現した。
その頃の私は問題を見つければ、問題提起と解決策案の提案から始まり、会議の取りまとめをし、調整後に文明化し運用変更まで一貫して担当することが度々あったので、昇進は当然の権利と思い自ら訴え出たのである。
私はタイトルが欲しかったわけではない。その働いていた会社は、ある程度の役職になると、ボーナスの支払い率が大いに変わるのだ。私はその事実を知り、俄然努力増して仕事をこなし、その上乗せされたボーナスを手に入れるのに上司に昇進を迫ったのである。
いくら人から頼られ、良い仕事をしたとしても裏方仕事は、結局、自分が訴えなければ昇進ともほぼほぼ無縁だったと言うことである。昇進なんて別にどうでもよかったが、私はその役職を得て、増額されたボーナスを受取ることが出来たのである。
棚からぼた餅ボーナス
表彰とはまるで無縁な私だったが、辞めた会社からフリーランスで仕事に来てくれと声が掛かった。私は会社員を辞めてフリーランスになっていたが、フルタイムで仕事をしないまま時間が経過していた時だった。
以前に働いていた会社の人達から、仕事の誘いが来たのだ。高級エンジニア並みの報酬でもよいから数か月仕事を請け負って欲しいというのである。それに、私が皆の期待に沿う結果を出せなくても、「他に誰もできないだろうから、上手くいかなくてもいい。」とまで言うのだ。
そんなわけで期間限定で、その会社へフリーランスとして出向いて仕事をすることになった。そこまで必要な人材だと思われていたことを私は会社を辞めてから知ることになったわけだが、何よりかなりの好待遇でフリーランスの大きなプロジェクトを得たのである。
在職中には表彰されることもなく、地味な仕事をしていたが、結果オーライだったと思う。とにかく、自分でベストだと思う方法を熟考し、仕組みを作り上げ、周りをサポートする仕事というのもそれほど悪いものではない気がする。